我不買西装(スーツは買わない)

この映画、香港国際映画祭で見ました。
間抜けな私は、その次の日の夜上映のチケットと買い間違えて、平日の昼間の時間帯のものを買ってしまった。しかも私のお目当ては同時上映の賈樟柯監督の短編「河上的愛情」だった。
抱き合わせのこの映画も同じく20分そこそこだろうと、安易な気持ちで、仕方なく昼休みタイクーシンまで遠征して見ることにした。
が、この映画は日本の映画だということも、あの市川準監督の遺作だとも知らずに。
映画館に入ってみると、すでに映画は始まっていたので、関西弁がスクリーンの中から聞こえてきて、私、会場間違えてないよなあ?と半信半疑の居心地の悪い状態で鑑賞し始めた。

登場人物がすべて無名な人なので、リアリティありすぎ。
そして、ちょっとご無沙汰していた日本の社会状況を目の当たりにして、身につまされる思いというか…。

このストーリー、大阪の20代後半から30代くらいの女の子が東京に行ったっきり戻ってこない兄を心配して、兄に会いに行くというストーリー。でも兄から来た葉書の住所にたどり着くとそれは川の橋のたもとのバラックで、兄はいわゆるホームレス生活を送っていたのだ。
そしてその兄のことをよく理解している人物も出てくる。大阪の大学の先輩、そしてその妹が探し当てて東京で会う、一緒にその兄と東京に出てきたと思われるスナックを営む元妻。
その先輩もその元妻のトモ子さんとやり直して欲しいと願う。彼女が一番の理解者だと。

買った弁当を米粒残さず「久しぶりに食べれた」と、がつつく兄を見守る妹。TVの街頭インタビューでカメラを向けられ、政治を批判したボロをまとう兄を影から見ながら「あんたが今言っても説得力無いで。」とつぶやく妹。兄が勝手に家を飛び出し捨てた妻の間を取り持とうとする妹。

兄は、「今は社会が腐ってる」とか「皆、人のことはどうでもええんや、自分さえよかったらええねん」とか世の中を批判する。
兄は数年前突然仕事を辞め、家を飛び出した。その残された妻で、今はどうにか自分で生活をしているトモ子さんは(この人が、普通のおばちゃんで実にいい味、いい演技)ぽつりと言う。「捨てられた人間の気持ち考えたことあるのん?」ホームレスの兄に復縁をほのめかされ一言「もう、お互い期待するのはもう止めとこ。待つのんはもうええわ。」 
このトモ子さんの誕生日を覚えていてプレゼントを用意している兄。屋台から始めたいと夢を語る兄。しかし、現実の話になると、「世の中、なんでも手続きや、登録や!登録番号や!パスワードや!そんなもの、もうたくさんじゃー。」と、頭を抱える。

ラスト、兄に商店街の洋服屋で「わたしいま余分にお金あるねん。お兄ちゃんにスーツ買ったげるわ」という会話の中、その店の前を歩いているトモ子さんが関係有り風の男に襲われ終わる。

この映画たった50分弱の作品。人生うまく言ってない人、都会の孤独に怯えている人、世を捨てしまった人の叫び、喪失感、それをけっして主観じゃなく客観的にドキュメンタリータッチにカメラは現実のような情景を見守っているのだ。その目は暖かくもなく、冷めてもなく、高くもなく、低すぎもない、適度な目線なのだ。
昨年市川監督は、この映画の編集の終盤に亡くなられたのだという。

香港人に混じって、この映画を鑑賞できたことにも意味がある。香港人がきっと期待して、思い描いている東京や日本のイメージとは違う姿をこの映画は映し出している。見られたくない部分を見られたような罰の悪さ。
しかし、こういうみっともない日本も、本当の現実の姿なのだ。

会社を抜け出して見た甲斐がありました。市川準監督のほかの作品もきっと目線が観客と一緒の高さなのだろうな。機会があれば他の作品も見て見たいです。
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by MIAOMI | 2009-04-17 14:40 | 映画  

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