あの人が!

かれこれ、香港に住み始めて10ン年になるが、その当初。仕事に疲れ、くたくたに成った
体と心を癒してくれるもの…。それは、昼休みにこっそり買いに行く、日本のクレープだった。
その頃はまだ、日本料理の店も少なく、日本の食材も、薄給のわたしには遠い存在だった。。。
そんな頃のささやかな楽しみ。紛れも無くあの、原宿のクレープ(モドキ?)であった。
そこの店先で、クレープを焼いてくれるのは、小太りの香港人のお兄ちゃん。無口なのか、
日本語があまり出来ないのか?日本人と判って受け答えは日本語なのだが、言葉数は少なく
いつも恥ずかしそうなのが印象的だった。汗をたらしながら、赤い唇をいつも舐めながら、無心でクレープを焼いていた。なんでも、日本に留学か何かで居た時、原宿のクレープ屋さんを見て、これだ!と思ったらしい。「これはまだ香港に無い!」と目をつけ、原宿でクレープの作り方を勉強し、香港に戻り、開店したらしい。
いくらだったか忘れたが、小さい店ながら、チムサーチョイという良い立地条件にあったので、そんなに値段は安くはなかったが、香港人の若者で賑わっていた。
何年その店が存在したのかは定かではないが、店とともに、その若いオーナーはいつのまにか姿を消していた。
なんか、欲のなさそうな彼が店を開いたプロセスも、店の経営状況も良くは知らないが、いままでひいきにしていたとともに姿を消した彼のことも少々気になっていた。

その後、香港で初めてひとつの日本のラーメンチェーンが出来たのは、10年くらい前だろうか、開店して一週間も経っていなかったと思う。日本から応援に来ているという、日本人の職人さんも手伝っていたが、ラーメンを茹でている人を見ると、なんとクレープやさんの彼ではないか。
「えーなんであんたがここに?」思わず口から出た。
日本熊本で今度はラーメンの修行をしたのだそうだ。

その後その店は大ヒットし、香港をはじめ中国あわせるといまは120軒もの規模のチェーンになってしまった。(ここはフランチャイズなのかどうかは定かではないし、彼はいつまでこのラーメンチェーンに携わっていたのか知らないけど。)このクレープ屋のボクはなぜか、先見の目と言うやつをもってるのかも…なんて、後からふと思ったものだ。
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by MIAOMI | 2008-02-28 01:20 | 香港  

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